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歴史

春日部には縄文時代の遺跡である貝塚が点在していたり、倉常地区の中川低地で、最近になって須釜遺跡という弥生時代の遺跡が発見されたりと、昔から人間が生活していた土地であることが分かっています。かつては春日部あたりにまで海岸線がせまっていて、海辺周辺では貝や魚を取って生活していた集落が多数あったものと思われます。その証拠が、下総台地や大宮台地で数多く発見された縄文時代の遺跡である貝塚となるわけです。

 

古代から中世においては歴史上、春日部という地名が出てくることはあまりありません。古代、春日部は下総国葛飾郡に属し、戦国時代頃までは古隅田川以東は下総国葛飾郡下河辺庄内とされました。しかし、近世になると武蔵国埼玉郡新方庄内に属していたとされています。春日部という地名の由来は、鎌倉時代の武家・春日部氏だとされていますが、春日部という地名自体は、春日部氏が歴史上に登場する以前から存在していたといわれています。

 

春日部は江戸時代においては日光街道の粕壁宿の宿場町として栄え、交通の要所でもありました。徳川氏が江戸を根拠地とした時にはすでに春日部の地域は徳川氏の領地でありました。室町時代など近世の大半の期間は幕府の直轄領である御料所でもありました。1654年に下総国葛飾郡小田辺村が中野村に改称され、1683年には下総国葛飾郡のうち庄内古川右岸が武蔵国に移ったと言われていますが、真偽のほどは定かではなく歴史学者の間でも意見の分かれるところとなっています。


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